■タイトル
出かける人に浄火を打ち掛けて災厄を払うことを「きり火」といいます。
切り火で送られる気分
ぼくの家の玄関脇の和室には小さな神棚があって、ぼくが泊まりがけの出張をしたり、子供が修学旅行や試験に出かけるとなると、妻がお灯明を上げて柏手を打ち、そなえてある火打ちを持ちだして門口で切り火をする。これは送る側にも送り出される側にも気持の良い習慣だと思う。
だからと言ってわが家の家族がとくに信心深いわけではない。神棚にしても、そこには毎年初詣の時にもらってくる地元の氷川神社の御札が、その他の旅先などで各地の神社からいわば気まぐれに受けてくる御札、御守り、破魔矢の類が雑居しているだけだし、そこに毎日お参りするのではなし、暮は別として普段はそうマメに掃除もしないのだが、何かというと思い出して神頼みをするというのが決して誇れる話ではないが、まことに日本人的でもあるわが家の現状である。
切り火をするのは神への信仰というよりも、「気をつけて行ってらっしゃい」とか「頑張ってね」というような挨拶みたいなものにすぎないのだが、じゃぁただの挨拶かと言うとそうでもないので、そこには火に浄めの力があるという民俗信仰が生んだヴィジュアルで美的な形式があり、それは確かに神というものの意識につながっている。そしてこの美的な形式性があるからこそ、切り火をすると門口で送る者も送られる者も快い緊張を感じ、いうなれば気持がシャンとしてケジメがつく思いがするのだ。
建築家 渡辺武信
『住まい方の演出』(中公新書)より
由来
火打石の歴史は古く、ヤマトタケルノミコトの東征物語に登場します。おばのヤマトヒメから贈り物として授けられ、彼がこれによって難をまぬがれたことが古事記に記されています。このように古くは高貴な人の持ちものでした。その後一般に普及し明治時代マッチが出現するまで発火用具として用いられました。火で浄め災厄を払う習慣は今日まで続いています。
使い方
火打石の角に火打金を打ちつけて火花を散らします。削りとられた鉄の粒子が火花となるのです。
年末年始から2月の入学試験、4月初旬の転勤シーズンまでが、贈り物として最盛期です。新築祝にも良く使われてます。
きり火木箱入上等セット \3,800
黒田 康敬
2002年02月01日